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死ぬことと見つけたり 上巻:読了

死ぬことと見つけたり/隆慶一郎/新潮社

ここ数ヶ月、読書をする時間がとれず、いい加減禁断症状が出そうだったけど、やっと読めた!

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」とは、「葉隠」の一節。
「毎朝毎夕、改めては死に死に、常住死に身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり」という苛烈な文言で締められる。
というわけで、本書は、葉隠精神の体現者たる斎藤杢之助の物語である。
ちなみに、斎藤杢之助の父用之助、祖父杢右衛門のエピソードは、「葉隠」聞書第三52にある。

島原の乱や龍造寺伯庵が会津藩お預けになったことといった史実と、杢之助の超人的な活躍を織り交ぜながら物語が進んでいく。
時代小説には、めっぽう腕が立つヒーローが多いが、杢之助もそのひとり。ただ、他のヒーローたちと違うのは、杢之助が葉隠武士(正確には浪人)そのもので、強靱な精神力を持っているということ。なにしろ、毎朝自分の死のイメージ・トレーニングをしていて、「常に死んでいる」精神状態だから。
杢之助は浪人という自由な立場で、藩政に関わっていく。

時代小説は好きだが、戦国時代~江戸時代初期の中央政権やら、三傑には飽きてきたところだったから、マイナーな佐賀藩と葉隠武士が新鮮だった。
それと、女性の扱いがひどくないのもいい。

下巻は買ってないので未読だが、読みたい!
2008-10-12(Sun)
 

龍造寺隆信:読書中

戦国時代の武将といえば信長・秀吉・家康の三傑。
それから、武田信玄、上杉謙信
といった人物が有名どころ。


龍造寺隆信は、日本史ファンや戦国オタでないと、あまり知られていないだろうけど、
肥前の熊と異名された戦国武将である。

今、「龍造寺隆信」を読書中。

隆信の主な敵は、同じ九州の大友や島津だ。
大名対大名の戦争は、何万もの兵士や陣夫が動員される大規模なものだが、戦国時代の戦争は、それだけではなかった。
時代のすみずみにまで、いくさが蔓延している感じ。

隆信が肥前の国人を従えるためにしかけたいくさを見ると、現代の市町村レベルで、戦争している。
他地域の武将のいくさも、同じようなものだったのかもしれない。
2008-05-21(Wed)
 

歴史雑誌

ゴールデンウィークは、まったりと過ごしました。
今年に入ってから、ものすごく忙しかったから、4日間ゆっくりできました。

ゴールデンウィークの収穫物のひとつがこれ↓
books01

なに、これ!?MORIのために編集してくれてありがとう(殴)
というくらい嬉しかった内容です。

歴史群像シリーズ特別編集・戦国九州三国志/学研
諸国の合戦争乱地図 東日本/人文社
諸国の合戦争乱地図 西日本/人文社

九州三国志というのは、島津・大友・龍造寺の勢力争い、版図拡大のための戦争のことです。
(実際は三国志というほど大げさでもないですが、よくたとえられます)
織田・豊臣・徳川よりも、地方のマイナー武将(いや、九州ではメジャー)の方に関心が移りつつあります。

一番興味深いのは百姓だけどね。


NHKの2010年の大河ドラマは、九州三国志でもいいよ。
2008-05-06(Tue)
 

桃山・江戸のファッションリーダー:読了

桃山・江戸のファッションリーダー/森理恵/塙書房

日本の中世史を調べるついでに、有職故実、服飾史関連の本も読んでいる。
本書もそのなかの一冊。
わかったことを手短にまとめると…

  • 和服には流行がないみたいに言われることもあるが、柄や模様、着こなし、色などの流行廃りはあったらしい。桃山・江戸初期の流行の最先端をいっていたのは、小姓や従者たち。つまり、少年や若い男たちだった。彼らがファッションリーダーたり得たのは、当時の身分制度も影響している。

  • 身分の高い女性や、遊女たちは、豪華なキモノを着ているが、小姓や従者たちに比べるとダサい。

  • (大名や有力者たちの)小姓や従者たちは、他家の者や、町民らに見せるための装いをしていたらしい。(大名行列と同じ意味?)だから、江戸時代初期ごろまで、主は地味目の装いをして、小姓や従者たちが、華美な小袖や振り袖(今で言う振り袖とは違うキモノ)を着る、ということもあった。

  • 現代の女性のキモノの着付けは、きっちりしている。着崩れを非常にきらう。しかし、昔は、ラフな着こなしもしていた。小袖や振り袖を着流しにして、裾から長襦袢を見せるように着付けることもあった。

  • 小姓たちは、豪華なキモノを着ていたらしい。色も柄も派手。襟の重ね方や、羽織との色合わせなども、かなりおしゃれである。しかし、キモノの豪華度は時代によって違う。江戸時代も下るにつれて、控えめになった。

    次に不満を。

    続きを読む>>

  • 2008-03-31(Mon)
     

    中世的世界とは何だろうか:読了

    「中世的世界とは何だろうか」/網野善彦/朝日選書

    主に平安時代末から室町時代末までの職能民にスポットを当てた書。
    職人や漁労民、芸能民、御供人、神人、悪党らの成り立ち、遍歴、聖なるものとの結びつきや、逆に蔑視されるようになったいわれ等、中世社会を読み解く視点が新鮮だった。

    これらの人びとについては、武士や百姓ほどには知らなかったからな。

    ある程度の年をとった方(失礼)は、中学・高校で「士農工商」という身分制度を習っているが、それは正しくないそうだ。

    歴史は過去のものだから変わらないけど、歴史認識・解釈は新しくなっていく。
    中世的世界とは何だろうか 中世的世界とは何だろうか
    網野 善彦 (1996/06)
    朝日新聞社

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    2007-07-19(Thu)
     
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