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天下統一と朝鮮侵略:読了

天下統一と朝鮮侵略 織田・豊臣政権の実像/藤木久志/講談社学術文庫

信長の一向一揆との戦い、秀吉の朝鮮侵略等の歴史事象を、権力者の意図、社会に及ぼした影響を問い直すことで、著者は独自の視点でとらえ直しています。
中学・高校の日本史で学習し、だれもが知っている石山戦争、朝鮮侵略です。しかし、本書には目からウロコ的な事実や解釈が多かったです。

その1 信長は一向一揆との対立のなかで統一政権を形づくっていった
巨大なネットワークと、商業上の特権、武力を持った一向一揆との戦いの中で、信長は統一政権の基盤を作っていったそうです。「信長の天下統一をはばむ一向一揆との戦い」というとらえ方とは逆。


その2 信長は政治も宗教も自らの下に置こうとした

信長は安土に高札を出し、自らをまつり礼拝せよと命じます。信長が神になろうとしたのは、本能寺の変の19日前だったそうです。

その3 検地・度量衡の統一は、百姓にとってマイナスか
信長・秀吉によって中央集権化が進むにつれ、地方でも、同じことが起こっていたそうです。つまり、中央でも地方でも、ひとにぎりの権力者に権力が集中し、庶民の中世的な自由ははぎ取られ、圧迫されていったといいます。

その4 日本へのキリスト教布教は明の植民地化への第一歩か
当時、来日していた西洋人は、キリシタンとなった日本の大名と兵士を対明戦争の軍隊とし、明を植民地化する腹づもりだったらしい。

その5 朝鮮侵略下の厭戦感
朝鮮侵略に百姓を動員したので、農耕をするものがいなくなり、国が荒れたそうです。民衆の抵抗が大きく、動員拒否、戦線離脱も多かったそうです。大名は、朝鮮へ派兵する一方で、一揆に備えて国元に兵を残さなくてはならなかったそうです。
日本の百姓を朝鮮に連れて行って強制的に働かせ、日本の農地が荒れたから、今度は朝鮮の人を日本に連れて帰るという悲惨なことに。

その6 検地も対明戦も信長ゆずり
検地と言えば太閤検地。しかし、信長政権下でも行われていたそうです。対明戦争も信長の構想にあったとか。
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2006-11-26(Sun)
 
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