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大友宗麟:読了

大友宗麟/外山幹夫/吉川弘文館
ろくでもない逸話を残し、多くの歴史好きにあまりよく言われていない戦国武将、大友宗麟。
この本の著者も、宗麟のこと、あきれながら書いた? と思われるフシがある。
宗麟の政治手腕(特に文化と外交面)は優れていただろうし、キリシタン大名だったことを差し引いても、宣教師にベタボメされるだけの器を持っていたのかもしれない。
それでも、人をあきれさせるモノを宗麟は持っている。

本書のなかで、なるほど! と思ったのが、島津の猛攻に耐えかねて、秀吉に救援を頼んだ一件について。
ちょっと長くなるが引用(p270)
「豊後の危機は秀吉のこうした救援の保証によって回避されたかのようにみえた。しかし長期的な展望に立つと、これは大友氏にとって決して得策ではなかった。島津氏による危機に際し、自力を振り絞ってこれと対決する姿勢を欠き、安易に秀吉の至上権力に依頼しようとするところに宗麟の限界がある。
そして、ついにのち彼の没後、朝鮮侵略戦争の際における僅かな手落ちを口実に、宗麟に好意の手を差し延べたその同じ秀吉によって、義統が徐封処分に遭うその悲劇は、皮肉にもすでにこの時始まっていたといわねばならない。」

そういえば、宗麟死去の翌月、秀吉は宣教師追放令を出しているし。
キリシタンである宗麟が生きていたら、耐え難い仕打ちだったに違いない。

本書の後半、岩屋城、戸次川、丹生島の戦いのあたりはおもしろかった。が、戸次道雪や高橋紹運が死に、家臣から裏切られ、没落につながっていく悲愴さがにじんでいる。
なんで、三日連続更新している?
とお思いでしょうが、ご安心めされい。

続かないから。
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2009-10-06(Tue)
 
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