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葉隠2

「葉隠」聞書第一の2に、有名な「武士道といふは死ぬことと見つけたり」という一節がある。
これは、同114の「『武士道は死に狂いなり。一人の殺害を数十人してつかぬるもの』と、直茂公仰せられ候。本気にては大業はならず。気違いになりて死に狂いするまでなり。また武道に於いて分別できれば、はやおくるるなり。忠も孝も入らず、武士道に於いては死に狂いなり。この内に忠孝はおのずから籠もるべし。」にも通じる。

直茂公とは、佐賀藩祖・鍋島直茂のことである。
鍋島直茂は龍造寺隆信の従兄弟で義弟。隆信の重臣だったが、後年、龍造寺家の政権を引き継いだため、簒奪者とも言われる。
しかし、戦国時代、直茂は龍造寺軍の先陣を務め、自ら槍をとって戦う「死に狂い」の武将だったわけだ。
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2008-11-25(Tue)
 
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