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風林火山第23回 河越夜戦

武田家と直接関係はない河越夜戦。なぜ、こんなところに勘助が?というつっこみはおいといて、面白かったぞ!!
以下、感想です。

1 勝ち戦
ドラマ冒頭で、晴信と義元の戦談義があった。勝ち戦には「凧のように、風を読み、人の絆で糸を操る」という晴信に対し、義元は鉄砲を示し、「新しいものに屈するようになる」と返す。武田も今川も、新興勢力の織田信長に負けたのは皮肉。

数に勝る自軍が勝つと信じている関東管領・上杉憲政。油断しているから、陣内は乱れきっている。「戦に勝つものの機運は見えにくいが、負けるものの気配は、いつでもよう見える」と評する勘助。名言だね~。

2 鉄砲
天文12年(1543年)種子島に伝来した鉄砲。その2年後には国産品が製造され、6年後には島津氏が実戦に使用した。日本の工業技術は、戦国時代から優れていたらしい。戦国時代末には、世界でも有数の軍事大国だったそうだ。

それにしても、勘助は、根来の津田監物とも面識があるとは。どんだけ顔が広いんだ?

3 北条氏康と上杉憲政
氏康と憲政の対比がおもしろかった。
古い権威にしがみつく、小者っぷり全開・上杉憲政。
氏康の祖父・北条早雲は、もともとは伊勢姓だったのだが、鎌倉時代の執権・北条家にちなんで北条を名乗った。憲政はそれが気にくわない。家臣が「北条」と口にする度に、「小田原」と言い直させる。「名跡にこだわっている場合か」と、家臣にたしなめられると、「今こだわらずして、いつこだわるのじゃ」と言う。いや~~名言だ(逆の意味でね)!

かたや慎重な名将・氏康。
北条家が新興勢力であることも、関東管領・上杉憲政と対照的。
「数に勝る=戦に勝つ」と信じる憲政に対し、慎重に策を練る氏康。
・敵を油断させて夜襲を謀った。
・ねらいを本陣の憲政に定めた。
・さらに、河越城のうちと外から扇谷上杉を挟み撃ちにした。
そして、10倍の敵を破ったわけだ。すごいぞー!
本間江州が憲政を見限り、氏康に忠義を誓った気持ちもわかる。北条の間者として働きながら、上州の武士として討ち死にすることを選んだ江州。漢だ!

やっぱり主君は選ばないとね。仕える相手を間違ってはいかん。
というわけで、勘助は晴信の名君ぶりをアピールし、幸隆引き抜きをねらう。

4 忍
真田といえば忍。真田十勇士でも、真田太平記でも忍者が活躍していた。
忍は、ドラマ初登場だ!北条の風魔と真田の素波。
相州には風魔小太郎という乱波の頭領がいたそうだ。身長2m以上で、4本のきばを持つと言われていた。その配下に200人の乱波がいたという。
素波の葉月は、真田太平記のお江を思い出させるなー。


次週は、ドラマ開始半年にして、やっと晴信のライバル登場!
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2007-06-12(Tue)
 
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