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龍馬伝 第5回 黒船と剣

一月は外で飲んだり、うちで飲んだりしていて、じっくり見られなかった。
3、4回分の視聴記録を書いてないけど、ま、いいか。

1 妙なリアリティ

・太平の世に慣れた武士たちが、具足のつけかたを知らないところ。そういえば、江戸時代、具足のつけかたの指南書が出ていたそうだ。(当ブログでも、まえーーに「具足のつけかた」を書いてたけど、足軽くんはまだ具足をつけていない…)
・龍馬は、海岸を守る土佐藩の持ち場から離れてうろうろする。不審に思った他国の武士が職質するが、龍馬が山に逃げたので、後を追う。旗さしものが枝にひっかかってしまったところ。
・海岸に鐘をならべ、大砲に見せかけたところ。(そういう記録が残っているのか、フィクションか?)なんか、戦時中を思い出した。(生まれてなかったけど)

2 動き出す時代と時代遅れの剣

黒船を見て度肝を抜かれた龍馬と桂。
龍馬がかぜをひいたのは、波をかぶったからではなく、精神的なショックがもとなのかもしれない。
刀では黒船に太刀打ちできないと、千葉道場で公言し、道場を追い出されるが、自分が何をなすべきなのか、まだ知らない。
日本も龍馬も若い。

3 吉田東洋
武市半平太が認められ、吉田東洋が登用される。
東洋の渋さ、いいですね~
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2010-01-31(Sun)
 

海辺のカフカ 上 下:読了

海辺のカフカ 上 下/村上春樹

児童書以外の現代作家のフィクションはほとんど読まない。
が、思うところあって村上春樹を読んでみた。
なんかもう、感心してしまった(失礼)
以下、ネタばれ少々あり。

1 若い

村上さんの実年齢を考えると、本書から若々しい印象を受けた。
主人公が15歳の少年だからではなく、失われた自己や、自分の半身をさがし求めるという内容からではなく、作品全体が若い。
若者に支持されるのもよくわかる。

2 平易な文章と不可解な現象
難しいことを難しく表現するのは簡単だけど、わかりやすい文章にするのは、結構難しかったりする。しかし、本書は読みやすく、文章はわかりやすかった。

文についての気づきは、
・著者が博学。
・ブランドから哲学まで、固有名詞が省略されずにはっきり書かれている。
・文末が現在形。
・登場人物のフルネームがよくわからない。
・ナカタさんに関する章では、人物名が片仮名。

逆に、登場人物やエピソードは、なぞめいている。
自分を捨てた母にこだわりを持ち、父を否定する主人公。
子どものころ、異世界に踏み入れ、不思議な力を持つようになった老人。
ジョニー・ウォーカーやカーネル・サンダースもなぞだ。

また、彼らが旅する異世界、入り口の石、佐伯さんの死についても、十分な説明はなされていない。
読み手が感じ、考え、解釈するのだろう。

3 曼荼羅
本書を読んでみて、「曼荼羅みたいだ」と思った。
ユングが言うところの、心理学的な曼荼羅。
曼荼羅は、絵で表す方が多いのだろうが、文章でも表現できるのかと思った。

そういえば、河合隼雄氏が、源氏物語は紫式部の曼荼羅だと言っていたから、文章の曼荼羅もありはするのか。
2010-01-11(Mon)
 

龍馬伝 第2回 大器晩成?

今回は、宴会をしながら見たので、ほとんど頭に残っていない。
土曜日の再放送は見られないし、録画できないし(あぁぁ)
なので、簡潔に

1 対話路線

水争いでいがみあうふたつの村が、共同で堤防工事をする。
龍馬は差配役に就任するのだが、百姓はちっとも言うことを聞かない。
その解決策として、酒を振る舞い、リサイタルを開く。
このあたり、後年の龍馬の「仲の悪い者同士を仲裁して、結びつけさせる」対話路線を思わせる。

百姓はしたたかだ。
最近、中世、近世の庶民の研究書を読むことが多いのだが、百姓は虐げられ、搾取されるだけの弱い人々ではなかったらしい。
ここの百姓は、今まで下士にひどい目にあわされてきたのか? ふてぶてしい。
「土佐に要らんもんは下士と犬のクソ」と罵倒するわ、龍馬が土下座をしても無視するわ。

加尾から告白された龍馬は、人の気持ちに鈍感だったことに気づく。
だから、百姓と同じように俵を運んでみたのかもしれない。

2 弥太郎

失恋はするわ、母が貯めていた大事な銭を父からすられるわ、今回もさんざんな目をあう。
コミカルなまでの悲哀!

2010-01-10(Sun)
 

葉隠:すっころばした件について

いきなり原文から。
 
聞書第五 71
光茂公御城御退出の時分、御長袴の裾を誰か御踏みかけ候に付て、すこし御つまづきき遊ばされ候。加賀守殿御覧候て御行き抜け、その人の長袴の裾をしかと御踏み候に付て、うつぶしに倒れ申され候由。



光茂公というのは、二代佐嘉藩主鍋島光茂のこと。
加賀守というのは、おそらく、家光時代に老中を務めた堀田正盛(ほったまさもり)のこと。

時代劇で見かける長袴、歩きにくそうだと思ったら、やっぱりすそを踏まれることもあるわけだ。むろん、自分で踏むこともあっただろう。

加賀守は、光茂のかわりに、すそを踏んづけてくれたわけだが、「大名のはかまのすそを踏むのは、武士にあるまじきこと」と義憤にかられたのか、遺恨を残さぬようにとの政治的配慮が働いたのか。いずれにしろ、痛快だ! 
光茂は「すこし御つまづ」いただけなのに、加賀守にすそを踏まれた人は、「うつぶしに倒れ申され」たから。

光茂のすそを踏んだ人って、だれだったのだろう。

ちなみに、光茂の曾祖父、鍋島直茂も加賀守。
2010-01-05(Tue)
 

龍馬伝  1話 上士と下士

いや~よかった。
自分にとっては「風林火山」以来のヒット。
久しぶりに「龍馬伝」で視聴記録を書いてみようかと思った。
(「坂の上の雲」も好きだったけど、濃すぎて、視聴記録を書く気にはなれなかった。)
続くのかどうか、ちょっと心配。

1 土佐弁
標準語をしゃべる西郷さんが考えられないのと同じように、標準語をしゃべる龍馬も考えられない。
その龍馬の土佐時代だから、土佐の皆さん、みんな土佐弁。
方言はいいな~~♪
高知の人にとっては、つっこみどころがある方言かもしれないが、ドラマだから、ネイティブ土佐弁でなくてもいいと思う。
何でも標準語とか、中央(とか東京とか)視点にする必要はない。というか、地方はいい!

2 母
龍馬の少年時代が30分で終わったから、母の出番も少なかった。
その少ない時間に、母が病弱で、あまり長くはないことと、龍馬の最大の理解者で、龍馬を信じていることが描かれている。
母は、上士から手打ちにされそうになった龍馬を身をもってかばう。
「この後、すぐに亡くなるかも」と思ったら、やっぱりそうだった。
ベタなシーンだが、涙が出そうだった。

3 弥太郎
香川さんの弥太郎は、さすがだ! 能力と野心、自信を持っていながら、貧しさと下士ゆえに道をはばまれるやるせなさ、龍馬が気になって仕方がない感がよくでていた。
冒頭で「龍馬はキライだ!」と言っているのが、「大好きだ!」に聞こえた。

4 人物
福山さんそっくり、香川さんそっくりの子役、しかもなかなかいい演技していた。いい子役見つけてくるなー。子役がかわいいのは、わかっているから、某大河のようにあざとい演技や、演出、キャスティングは濃すぎる―と思う。子役龍馬もう少し見たかった、というくらいでちょうどよかったかも。

下戸でまじめな半平太もよかった。二日酔いになって、「切腹する!」と悲壮な決意を固めるシーンは、「葉隠」を思い出した。佐嘉の初代藩主・鍋島勝茂は、船酔いして切腹しようとした人だ。

岡田以蔵は、龍馬につかみかかるのも、山本を討ちに行こうとするのも、まっ先に行動する。「人斬り」と呼ばれるようになるだけはある。

加尾は、大河にしてはめずらしいかわいいヒロイン(?)だった。

5 身分社会
当時は、同じ士分のなかでも、厳然と身分の差があった。
時代は違うが、「葉隠」を読むと、佐嘉藩主でさえ将軍に対しては臣下で、江戸に足を向けて寝なかったそうだ。
特に土佐では、4年前の大河の主人公、千代の夫の人のせいで、上士と下士の差別が厳しかった。
その千代の夫の人のせいで、土佐は明治維新の原動力になる。

6 上士と下士
上士と下士の軋轢もわかりやすかった。下士がうっぷんをためこんでいることにも共感できた。
下士の青年たちは、井上が殺され、弥太郎が侮辱されたとき、山本を討とうとする。
だが、龍馬は、山本の暴力に対し、暴力で報復しようとはしない。そのくせ、「上士も下士も同じ人間」だと主張し、山本に屈してはいない。身分社会の当時、上士にとって考えられない主張だったはず。
山本をしりぞけた龍馬は、上士も下士もなくなる世の中を理想とし、「上士にふりあげた刀をおろさせた人を知っちゅう」と、母のことを言う。その後の龍馬の人生と功績を暗示するラストだった。
2010-01-03(Sun)
 
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