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葉隠:読書中

岩波文庫の「葉隠」上・中・下巻のうち、ようやく下巻を読み始めたところ。
「葉隠」は、主君、鍋島光茂の死とともに出家した山本常朝(やまもと・じょうちょう)の話を、田代陣基(たしろ・つらもと または たしろ・のぶもと の両説あり)が聞きとって記録したものだ。だから、章立ては「聞書」となっていて、序章の「夜陰の閑談」から「聞書十一」まで、十二章ある。今、「聞書八」を読書中。
旧字体に手こずって、読書ペースは結構遅い。

この「葉隠」がおもしろい。
「武士道とは何か」といった哲学的?な読み方や、当時の武士の考え方や社会を知る歴史資料としての読み方、葉隠精神を現代に応用するための読みもあるだろうけど、自分はもっと単純に「佐賀藩士列伝」として読んでいる。

山本常朝は、「近ごろの武士は、覚悟が足りん!」とか「軟弱だ!」と嘆いているが、「葉隠」に出てきた武士らは、平成人から見れば、十分血気盛んである。

例えば、隆慶一郎氏の「死ぬことと見つけたり」にも取り上げられていたエピソード。
斎藤佐渡守は、「米がなくなったので、年が越せない」というので、切腹しようとした。
「米がない→切腹」という発想に、まず驚く。
しかし、息子に「死ぬ気なら何でもできる」と止められる。そこで、「ケチな悪事をしたところでつまらん。どうせやるならでかいことを」と、親子で昼強盗をする。
城に納められる年貢米を強奪したのだ。「その年貢米のなかに、自分たちのもらい分も含まれているから、先にもらう」というのが、彼らの言い分。
彼らには死罪が言い渡されるが、藩主の父、鍋島直茂が「いくさで手柄を立てた佐渡守が飢えたのは、自分の責任」と言ったので、死罪は免れ、米十石が下されることになった。
佐渡守は、直茂の死に際して、追腹を切る。
藩主・鍋島勝茂が止めても、聞く耳もたず。

ほかにも、
・家老・中野数馬の小小姓時代の悪童ぶり
・治水事業で知られる名家老、成富茂安が七度も浪人したこと
・舟に乗りこんだならずモノを、中野杢之助が斬ったこと
など。血なまぐさい話も多い。

山本常朝の見解もおもしろい。
「赤穂浪士は、敵討ちをぐずくずしすぎ。仇が死んでは、何もならん。さっさと討つべし!」
という。

「葉隠マンガ」を書きたいくらい面白かったけど、無理かな~
自分、貧乏暇なしだから。
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2008-12-31(Wed)
 
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