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信長と石山合戦:読了

信長と石山合戦 中世の信仰と一揆/神田千里/吉川弘文館

織田信長のことを知ったのは、小学六年の時。それ以来、日本史の中で好きな人物No.1だった。
けれども、信長のことを知るにつれて、信長に対する見方はずいぶん変わってきた。
今も好きな歴史上の人物のひとりだけど、信長をあつかった小説や論文を読むと、信長の敵の方に肩入れしてしまう。
それは、石山合戦や長島の大量虐殺、比叡山焼き討ち、越前の殲滅戦という信長の戦争は、どうしても受け入れられないから。
当時の民衆から見た信長はどうだったのか、気になる。
百姓にとって、外敵から領国を守りきる力を持った強い領主として歓迎されていたのか。それとも、大量虐殺者や神を名乗る者として、恐れられていたのか。

信長の残酷な戦争のとらえかたや評価は、歴史ファンや研究者でも様々だし、自分の中でもイロイロ変わってきた。
ただ、自分にはなじめない解釈が、「信長は、比叡山を焼き討ちにしたり、一向宗の信徒を殺戮したりすることで、寺院の武力解除を行い、中世的な宗教観を打ち破った革新者」というもの。
確かに、寺は武力を持っていたけど、当時は、あらゆる階層の人々が武装していたしなー。それに、「対一向一揆戦=寺の武力解除」と、信長の功績のように美化するのは違うぞーと思う。信長は、長島や比叡山に逃げ込んだ非戦闘員も、悉く殺しているから。
自分としては、自ら神を名乗るような専制君主としての信長と、横並びの一味同心の誓いをたてる一揆とは相容れないから、信長は、一向一揆を徹底的に潰したいのかと思っていた。一揆の中心にあるのは、神仏ではなく、信長自身であるべきだろうから。
しかし、神田千里さんによると、ちょっと違うらしい。

本書「信長と石山戦争」は、信長の一向一揆戦を新しい視点でとらえている。
信長の大量虐殺は、倫理やルールに違反した一向一揆に自ら裁きを下し、越前や長島の一向宗には、民を外敵から守るだけの力はないことを世間に知らしめるための政治的なアピールだった。一向一揆や本願寺を壊滅させることが、信長の目的ではなかった、と著者は言う。
著者神田千里さんの主張はすんなり納得できた。結構好きだ。
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2008-10-13(Mon)
 

死ぬことと見つけたり 上巻:読了

死ぬことと見つけたり/隆慶一郎/新潮社

ここ数ヶ月、読書をする時間がとれず、いい加減禁断症状が出そうだったけど、やっと読めた!

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」とは、「葉隠」の一節。
「毎朝毎夕、改めては死に死に、常住死に身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり」という苛烈な文言で締められる。
というわけで、本書は、葉隠精神の体現者たる斎藤杢之助の物語である。
ちなみに、斎藤杢之助の父用之助、祖父杢右衛門のエピソードは、「葉隠」聞書第三52にある。

島原の乱や龍造寺伯庵が会津藩お預けになったことといった史実と、杢之助の超人的な活躍を織り交ぜながら物語が進んでいく。
時代小説には、めっぽう腕が立つヒーローが多いが、杢之助もそのひとり。ただ、他のヒーローたちと違うのは、杢之助が葉隠武士(正確には浪人)そのもので、強靱な精神力を持っているということ。なにしろ、毎朝自分の死のイメージ・トレーニングをしていて、「常に死んでいる」精神状態だから。
杢之助は浪人という自由な立場で、藩政に関わっていく。

時代小説は好きだが、戦国時代~江戸時代初期の中央政権やら、三傑には飽きてきたところだったから、マイナーな佐賀藩と葉隠武士が新鮮だった。
それと、女性の扱いがひどくないのもいい。

下巻は買ってないので未読だが、読みたい!
2008-10-12(Sun)
 
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