山椒のこつぶろぐ
児童書・歴史書の読書記録ブログです。大河ドラマ「風林火山」の視聴記録もあります。

桃山・江戸のファッションリーダー:読了

桃山・江戸のファッションリーダー/森理恵/塙書房

日本の中世史を調べるついでに、有職故実、服飾史関連の本も読んでいる。
本書もそのなかの一冊。
わかったことを手短にまとめると…

  • 和服には流行がないみたいに言われることもあるが、柄や模様、着こなし、色などの流行廃りはあったらしい。桃山・江戸初期の流行の最先端をいっていたのは、小姓や従者たち。つまり、少年や若い男たちだった。彼らがファッションリーダーたり得たのは、当時の身分制度も影響している。

  • 身分の高い女性や、遊女たちは、豪華なキモノを着ているが、小姓や従者たちに比べるとダサい。

  • (大名や有力者たちの)小姓や従者たちは、他家の者や、町民らに見せるための装いをしていたらしい。(大名行列と同じ意味?)だから、江戸時代初期ごろまで、主は地味目の装いをして、小姓や従者たちが、華美な小袖や振り袖(今で言う振り袖とは違うキモノ)を着る、ということもあった。

  • 現代の女性のキモノの着付けは、きっちりしている。着崩れを非常にきらう。しかし、昔は、ラフな着こなしもしていた。小袖や振り袖を着流しにして、裾から長襦袢を見せるように着付けることもあった。

  • 小姓たちは、豪華なキモノを着ていたらしい。色も柄も派手。襟の重ね方や、羽織との色合わせなども、かなりおしゃれである。しかし、キモノの豪華度は時代によって違う。江戸時代も下るにつれて、控えめになった。

    次に不満を。

    ...read more

    1. 2008/03/31(月) 00:20:13|
    2. 歴史|
    3. トラックバック(-)|
    4. コメント(-)
  • ひな祭り

    地元のひな祭りに行ってきました。
    江戸時代のひな人形から、創作ひな人形まで、いろいろ見てきました。
    そこで、気づいたこと。

    1 アンティークはよい!
    博物館等に、江戸時代や明治・大正時代のひな人形が展示されていました。
    そのころから、ひな人形を所有できる家といえば、裕福な家か名家。地元の大名家のひな人形もありました。
    ひな人形は、一年に一回しか出さないものですが、作られてから百年以上経っていれば、古びてくるもの。
    顔や手の一部が欠けたり、着物が褪色したりしていますし、人形の髪も乱れていました。
    しかし、現在、店で売られている真新しい、きれいなひな人形にはない風格がありました。
    アンティークのおひな様は、ちょっとくたびれていましたが、着物も冠も豪華。
    道具類も、本物の漆だったり、銀細工だったり。
    長い年月を経てくすんだひな壇の色合いが、落ち着いたいい感じでした。

    2 日本人はミニチュア好き?
    ひな壇の道具類は、材質も作り方も本物と全く同じでした。
    2cmくらいのつげの櫛。1cmくらいの皿や椀がのった膳。化粧箱には、本物の動物の毛を使ったブラシ。長持には着物が入っていた!
    どれも手の込んだ細かい仕事をしていました。
    GJ!
    画像がないのが残念!

    3 五人囃子はなかなかかわいい
    今のひな人形も、昔のも、男雛、女雛は、当然かわいいです。
    顔がいいおひな様の方が、プレゼントしてもらう女の子には嬉しいしね。
    しかし、五人囃子がかわいかったのは意外でした。
    あるひな壇の五人囃子は、10歳くらいの子たち。
    別のひな壇では、15歳前後の子たち。
    いずれにしろ、ジャニーズ系の顔。髪型と服装は公家風ですが。
    五人囃子は、能の楽士だそうですが、
    今だったら、アイドルのバンドに相当するのかも(笑)。



    1. 2008/03/23(日) 00:04:37|
    2. メモ|
    3. トラックバック(-)|
    4. コメント(-)

    古今ファッション考

    2008年に入ってからというもの、仕事やら何やら、ガーッと押し寄せてきて、もう大変だった。
    忙しさとというものは、シリーズでやってくるらしい。

    と、更新が滞っていた言いわけをつぶやいてみる。


    さて、本題。
    ひと昔前に、下着を見せるファッションがはやっていた。fa01

    年寄りのMORIは、その感覚についていけず、
    「ちょっと、にいちゃん、パンツ見えてるよ」
    と注意したくなった(してないけど)。

    まったく、近ごろの若いもんは…なんて思っていたら、
    日本には、数百年前から下着見せファッションがあることに気づいた。

    昔の人は、おしゃれだったらしい。この場合の「昔」は、安土・桃山時代から江戸時代までをさす。

    昔の着物の模様や色、着こなしは、かなりおしゃれ。
    派手なファッションといえば、婆娑羅と歌舞伎ものしか知らなかったが、それはごく一部で、イロイロあったらしい。
    (おしゃれが禁じられた時代もあったけどね)

    下のイラストは、下着をわざと見せて来ている若者。
    fa02

    裾の方に、下着の紅色が見えるように着ている。
    女性のように見えるが、男。
    昔の戯作のさし絵や、浮世絵などにも、女のように見える美青年が描かれたりしている。

    下着の見せ方としては、これはまだ初級編。


    昔の人は、「尻からげ」という着こなしもしていた。
    着流しの着物の裾をからげて、帯にはさみこむもの。
    当時のパンツがわりである褌(ふんどし)丸見えどころか、尻丸見えである。
    fa03


    これに比べると、平成の下着見せファッションはかわいいものである。


    最近、日本の服飾史の本と、山科言継の本を並行して読んでいる。
    読む暇があまりないので、なかなか進まない。



    1. 2008/03/17(月) 00:04:10|
    2. 落書き・イラスト|
    3. トラックバック(-)|
    4. コメント(-)