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風林火山 第49回 死闘川中島

悲しい!悲しすぎるぞおお!!
信繁と諸角が戦死したのも悲しいが、来週は最終回だと思うと滂沱の涙である(いや、そこまで泣いてないか)。

1 勘助の読みが外れる
相木と真田、勘助の仲良し三人組(この表現はどうかと思う)が、決戦を前に語り合っていた。相木が海ノ口城で勘助と知り合ったこと、命がけの戦いは海ノ口以来であることを話した。
ドラマの上でも、今回は、海ノ口城攻防戦と、板垣・甘利が戦死した上田原の戦い以来の本格的ないくさだった。そういえば、板垣の回想シーンがあって、ちょっと嬉しかった。

閑話休題。海ノ口城では、勘助の軍師ぶりが冴えていた。当時は、就職浪人中で、軍師でさえなかったのだが。
だが、第四次川中島の戦いの重大な局面で、勘助は、読み間違えてしまう。政虎が霧に隠れて妻女山を下るとは、思わなかったのだろう。上杉軍の方が一枚上手だった。

有名な啄木鳥戦法、車掛かりの陣対鶴翼の陣が出てきた!

2 信繁死す
信玄と信繁が酒を飲みながら、しみじみと語り合う。信繁は、信玄のことを「お屋形様」と呼んでいたのだが、信玄は「兄と呼べ」と言う。そして、母の着物に法華経の陀羅尼を記した母衣を渡す。信繁は、息子に与える訓戒について話し、訓戒が不要な世の中になってほしいと願う。信玄は、「信繁がそのような世の中をつくるのだ、生きよ」と言う。
死亡フラグ立ちまくりである。

啄木鳥戦法が失敗したとき、信繁は、自分の役割をわきまえていた。妻女山の夜襲隊が戻るまで、時間をかせぎ、本陣を守るのである。信繁は、初めから死を覚悟していた。信玄も、信繁の覚悟を知っていたのだろう。
板垣、甘利が亡くなった時くらい悲しかった。

信繁、いい人だった。最後までひげなしだった。

3 諸角死す
上田原の戦いでも、砥石崩れでも、生きのびたことを恥じていた諸角。しかし、戦国時代に81歳まで生きただけでも、剛の人と言えるのではなかろうか。
信繁を育て、盛りたててきた人だが、死ぬときも信繁といっしょだった。

この老武将も好きだった。
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2007-12-09(Sun)
 
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