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風林火山 第50回 決戦川中島

ついに最終回!全編合戦シーンで、見ごたえがあったけど、回想シーンで泣けました。
若かりしころの晴信を前にして居並ぶ家臣達のほとんどは鬼籍に入っていらっしゃる。諸行無常。

1 板垣・甘利・信繁
死を覚悟した勘助が上杉軍の本陣にきりこむという時に、板垣と甘利の回想シーンが出てくるとは!
板垣と甘利を見ただけで涙出そうだった。
それから、信虎追放の時の信繁が、晴信に向かって「よくぞ背かれた」と、自分の心中を吐露する回想シーンも出た。この回の本放送の時より泣けた。

2 一騎打ち
勘助対宇佐見、真田幸隆対村上義清、武田信玄対上杉政虎、因縁の一騎打ちが三つ。

武田・上杉両軍に甚大な被害が出た第四次川中島の戦い。冷静な宇佐見は、勘助に停戦を呼びかけるが、勘助は受け入れない。信玄のためにあくまで戦う。
妻女山の別働隊が帰還すると、武田軍が優勢になる。それまで、本陣を守り抜く覚悟だった。

一方、宇佐見のお屋形様である政虎も、戦う気満々だった。雑兵や、武田家家臣団には目もくれず、兜も付けず、信玄の本陣にきりこむ。総大将なのに、結構無茶苦茶だ。(兵の士気は上がるかも知れない)

勘助の黒ずくめの甲冑と軍(黒備え?^-^)もよかったけど、信玄の諏訪法性の兜はかっこよかった。

3 真田、かっこいいよ!

妻女山を下りて、村上義清と戦う真田軍。
瀕死の勘助の前に、六連銭の旗を翻してかけつけた真田軍。
かっこよすぎる!
このドラマでは、真田の活躍がかなり見られた。でも、もっと見たいぞ!
2010年の大河ドラマは是非「真田太平記」で!!

ついに終わってしまった。。さびしいです。
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2007-12-17(Mon)
 

風林火山 第49回 死闘川中島

悲しい!悲しすぎるぞおお!!
信繁と諸角が戦死したのも悲しいが、来週は最終回だと思うと滂沱の涙である(いや、そこまで泣いてないか)。

1 勘助の読みが外れる
相木と真田、勘助の仲良し三人組(この表現はどうかと思う)が、決戦を前に語り合っていた。相木が海ノ口城で勘助と知り合ったこと、命がけの戦いは海ノ口以来であることを話した。
ドラマの上でも、今回は、海ノ口城攻防戦と、板垣・甘利が戦死した上田原の戦い以来の本格的ないくさだった。そういえば、板垣の回想シーンがあって、ちょっと嬉しかった。

閑話休題。海ノ口城では、勘助の軍師ぶりが冴えていた。当時は、就職浪人中で、軍師でさえなかったのだが。
だが、第四次川中島の戦いの重大な局面で、勘助は、読み間違えてしまう。政虎が霧に隠れて妻女山を下るとは、思わなかったのだろう。上杉軍の方が一枚上手だった。

有名な啄木鳥戦法、車掛かりの陣対鶴翼の陣が出てきた!

2 信繁死す
信玄と信繁が酒を飲みながら、しみじみと語り合う。信繁は、信玄のことを「お屋形様」と呼んでいたのだが、信玄は「兄と呼べ」と言う。そして、母の着物に法華経の陀羅尼を記した母衣を渡す。信繁は、息子に与える訓戒について話し、訓戒が不要な世の中になってほしいと願う。信玄は、「信繁がそのような世の中をつくるのだ、生きよ」と言う。
死亡フラグ立ちまくりである。

啄木鳥戦法が失敗したとき、信繁は、自分の役割をわきまえていた。妻女山の夜襲隊が戻るまで、時間をかせぎ、本陣を守るのである。信繁は、初めから死を覚悟していた。信玄も、信繁の覚悟を知っていたのだろう。
板垣、甘利が亡くなった時くらい悲しかった。

信繁、いい人だった。最後までひげなしだった。

3 諸角死す
上田原の戦いでも、砥石崩れでも、生きのびたことを恥じていた諸角。しかし、戦国時代に81歳まで生きただけでも、剛の人と言えるのではなかろうか。
信繁を育て、盛りたててきた人だが、死ぬときも信繁といっしょだった。

この老武将も好きだった。
2007-12-09(Sun)
 
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