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中国武侠小説への道~漂泊のヒーロー:読書中

「中国武侠小説への道~漂泊のヒーロー」/岡崎由美/大修館書店

ある日、知人と話をしていて、読書の話題になった。その人が「聊斎志異は面白かった」と言った。MORIもちょうど聊斎志異を読了したところだったので、びっくりした。
「中国古典のなかでも、三国志や水滸伝、西遊記を読む人は多そうだけど、聊斎志異を読む人って、日本の中でも、あまりいないよなー。読書人として、ドマイナーだなー」と思っていたからだ。

あたりまえだけど、マイナーな中国古典はたくさんある。(聊斎志異も、本当はマイナーなんかじゃないかも)。

「中国武侠小説への道~漂泊のヒーロー」は、金庸ファンとして買ったが、読んでいるうちに、エンターティメントを含む中国古典文学の厚みを感じさせられた。
金庸をはじめとする武侠小説が書かれるまでに、それが育ってきた土壌として、膨大な大衆小説があったわけだ。
なかには、現代のライトノベルか、マンガやアニメの原作にでもなりそうな物語が紹介されていて、唐の時代にこんなエンターティメントがあったんだ!と、ちょっと目からウロコ(変な日本語)。
「聶隠娘」といって、少女刺客の物語。

聶隠娘は、十歳の時、度の尼僧に連れ去られて、五年間、刺客になるべく特訓を受ける。そして、空を飛んで鷹を百発百中で仕留められるようになる。
実家に帰った聶隠娘は、尼僧の指令で、夜な夜な悪人を暗殺するようになる。
ある日、尼僧の敵を暗殺に行った聶隠娘は、その敵に心服し、仕えることになる。尼僧は怒り、聶隠娘に刺客を送りこむ。
という話。

金鳥工房さんの「唐代伝記」にくわしい。
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2007-06-28(Thu)
 

風林火山第25回 非情の掟

晴信は迷走し、勘助はお家騒動に絡み、板垣の影が薄くなってさびしいこの頃です。以下、25回感想です。

1 甲州法度之次第
「非情の掟」というのは、国主ですら従わなければならなかった甲州法度のことをいうのか。急速に信虎化した晴信に、その一条をくわえよと進言するとは、勇気あるな>駒井
甲州法度よりも、跡継ぎ問題での晴信のせりふ「家督を譲るも譲らぬも、このわしの胸三寸じゃ」が、晴信=掟という感じがして、こちらの方が「非情の掟」っぽい。
そういえば、信長は分国法を作らなかった。

それにしても、源五郎、偉くなったな~。譜代家臣の駒井とともに、甲州法度を作っていた!

2 勘助の醜さ
義元は、勘助の容貌を昔から嫌っていたが、勘助の心根もキライらしい。「己が、欲が強すぎる。主への忠節を隠れ蓑にして、悟られまいとしている」と言う。
板垣の「守り役はいずれその役目を終えるのじゃ。その日のためにお仕えするのが守り役じゃ。私利私欲のためにお仕えすることがあってはならんのじゃ」がよかった!板垣は名守り役だったな~。
勘助の大望は、「四郎に家督を継がせ、天下を取らせたい」という方向にシフトした。
勘助は軍師でいた方がいいと思う。由布姫側室問題も含め、お家のことに謀略を巡らすのは違うぞ、と言いたい。

3 寿桂尼様!
義元、寿桂尼様、雪斎の前で、「寅王丸を駿河に預かってほしい」と申し出る勘助。
「己が父親だけではあきたらず、甥までも、この今川におしつけようと申すか」と義元。雅で潔癖な義元は、敵国の姫を側室とし、その子を諏訪の跡継ぎにするため、寅王丸を今川に押しつけようとする晴信と勘助を嫌う。
しかし、寿桂尼様は、「武田との盟約が破棄された場合、寅王丸をたて、諏訪に攻め入っても構わないのか(大意)」と言う。また、「勘助とよしみを通じることが、義元のためにもなる」と。さすが、女戦後大名!義元のように、理想論や好き嫌いで人を判断していない。



教来石は馬場になって登場したし、高遠城のジオラマ(違)も出た!
2007-06-24(Sun)
 

熊本城

ちょっと前に、熊本城に行きました。戦国好きとして。(正確には、戦国時代の築城ではないですけど)

城の手前の坪井川の石垣を、鳩が歩いて登っていたり、
はぜ方門から、城内に入ると、「おおっ!熊本城は貸し切り!?」と思うほど、人がいなくてびっくりしたけど、天守閣近くには、たくさん人がいたので安心したりとか、
楽しかったです。

清正公の銅像↓
やっぱり、変な帽子(違)かぶってた!
kiyomasa


飯田丸五階櫓だったっけ?↓
kumamoto01


この穴から、弓矢を射かけたり、鉄砲で撃ったりします。
kumamoto02


天守閣↓きれいなお城でした。
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2007-06-21(Thu)
 

風林火山第24回 越後の龍

越後の龍っていうより、さわやか真田家のお話メインでした。以下、感想です。

1 真田帰還
真田幸隆は、自身も、一族の者も、武田に恨みを持っていたのだが、ついに武田晴信の臣下となる。幸隆の志は、故郷に帰り、先祖代々の土地と人を守っていくこと。その志を最優先し、恨みは捨てることにしたわけだ。
上杉憲政の家臣である義兄・河原とも決別する。幸隆が武田に下ると聞いて、血相変えてやって来た河原は、幸隆を斬らんとするほどの勢い。それを忍芽が「殿を斬るならわたしも斬れ。殿はこの五年、山伏に身をやつしてまで、臣下と国のことを思って屈辱に耐えてきた。遊興にふける上杉よりも、武田の方がまし(大意)」と言う。忍芽いいぞ!忍芽も、武田憎いはずなのに、国を思う幸隆の気持ちを理解し、覚悟が決まっていてぶれていない。河原は、忍芽の迫力におされて退散。
それにしても、戦続きのこの時代、恨んだり、恨まれたりも多かっただろうな。

松尾城に入った幸隆を待っていたのは、真田家旧臣たち。かつて落城の際、幸隆は、家臣団に「生きのびよ」と言い残し、必ず土地をとりもどすことを決意して小県を落ちた。そのエピソードを思えば、感慨深いシーンだった。真田さんちは熱いね~。

真田の旗印・六連銭の由来話もでてきた。

2 勘助の志
勘助の志は、晴信に天下をとらせること。そのせいで、武田家は戦続き?(ってわけでもないのだが)

勘助が望んだ、由布姫と晴信の子・四郎に、爺や(ひどっ)はメロメロ。

3 晴信
文武に優れ、人の心を収攬するのにたけた晴信。それが、ご先代様とそっくりになってゆく。「(信虎よりも)御しやすし」と、信虎追放に力を貸した家臣団は面食らう。
対大井戦の軍議での晴信の「あ~ま~り~」「一人もいかしてはならぬ」「よーした」等の発言、水の手断ち・力攻めという作戦は、信虎と海ノ口城攻めを思い出させる。
それが、由布姫から「お屋形様は生来情け深い人。勘助がお屋形様を戦にかりたてる。勘助がいなかったら、こんなに勝てていなかった(大意)」と言われて、カチンときたから…だったりしたら、ちょっと悲しい。
でも、初対面の幸隆を厚遇し、いきなり真田の里の一部(他は村上領だから;)と松尾城を与える気っ風の良さは勘助の時と同じ。

4 景虎登場!
村上よりも、関東管領上杉よりも怖い敵・長尾景虎初登場!
真田幸隆の語りのなかでの登場だから、なんかあっけなかった。

5 馬の糞

鉄砲傷には馬の糞がよいからと、勘助の介抱をした忍芽が馬糞を水に溶いたものを飲ませた。
「馬の糞」の話は、「雑兵物語」に書いてある。出血が体にたまらないようにするために、馬糞を煮て飲めばよいそうだ。うげ~~っ。



ほかにも、「教来石、馬場になる」とかもあって、盛りだくさんでした(嬉)。
2007-06-17(Sun)
 

風林火山第23回 河越夜戦

武田家と直接関係はない河越夜戦。なぜ、こんなところに勘助が?というつっこみはおいといて、面白かったぞ!!
以下、感想です。

1 勝ち戦
ドラマ冒頭で、晴信と義元の戦談義があった。勝ち戦には「凧のように、風を読み、人の絆で糸を操る」という晴信に対し、義元は鉄砲を示し、「新しいものに屈するようになる」と返す。武田も今川も、新興勢力の織田信長に負けたのは皮肉。

数に勝る自軍が勝つと信じている関東管領・上杉憲政。油断しているから、陣内は乱れきっている。「戦に勝つものの機運は見えにくいが、負けるものの気配は、いつでもよう見える」と評する勘助。名言だね~。

2 鉄砲
天文12年(1543年)種子島に伝来した鉄砲。その2年後には国産品が製造され、6年後には島津氏が実戦に使用した。日本の工業技術は、戦国時代から優れていたらしい。戦国時代末には、世界でも有数の軍事大国だったそうだ。

それにしても、勘助は、根来の津田監物とも面識があるとは。どんだけ顔が広いんだ?

3 北条氏康と上杉憲政
氏康と憲政の対比がおもしろかった。
古い権威にしがみつく、小者っぷり全開・上杉憲政。
氏康の祖父・北条早雲は、もともとは伊勢姓だったのだが、鎌倉時代の執権・北条家にちなんで北条を名乗った。憲政はそれが気にくわない。家臣が「北条」と口にする度に、「小田原」と言い直させる。「名跡にこだわっている場合か」と、家臣にたしなめられると、「今こだわらずして、いつこだわるのじゃ」と言う。いや~~名言だ(逆の意味でね)!

かたや慎重な名将・氏康。
北条家が新興勢力であることも、関東管領・上杉憲政と対照的。
「数に勝る=戦に勝つ」と信じる憲政に対し、慎重に策を練る氏康。
・敵を油断させて夜襲を謀った。
・ねらいを本陣の憲政に定めた。
・さらに、河越城のうちと外から扇谷上杉を挟み撃ちにした。
そして、10倍の敵を破ったわけだ。すごいぞー!
本間江州が憲政を見限り、氏康に忠義を誓った気持ちもわかる。北条の間者として働きながら、上州の武士として討ち死にすることを選んだ江州。漢だ!

やっぱり主君は選ばないとね。仕える相手を間違ってはいかん。
というわけで、勘助は晴信の名君ぶりをアピールし、幸隆引き抜きをねらう。

4 忍
真田といえば忍。真田十勇士でも、真田太平記でも忍者が活躍していた。
忍は、ドラマ初登場だ!北条の風魔と真田の素波。
相州には風魔小太郎という乱波の頭領がいたそうだ。身長2m以上で、4本のきばを持つと言われていた。その配下に200人の乱波がいたという。
素波の葉月は、真田太平記のお江を思い出させるなー。


次週は、ドラマ開始半年にして、やっと晴信のライバル登場!
2007-06-12(Tue)
 

風林火山第22回 三国激突

由布姫編が終わり、武田家の外に向けてドラマが進み始めたようです。以下、ぼちぼちと感想です。

1 一番の頭脳派は?
今川の軍師・雪斎は、北条を討つため、武田家に駿河への出兵を促す。
武田家臣団は動揺する。対北条戦が長引けば、そのすきに、村上に信濃をおさえられてしまう。
武田家の頭脳派・小山田は、むしろ北条と結ぶべきだと主張。
山本勘助は、今川と北条に和議を結ばせることが良策と進言。
勘助は、義元に拝謁。和議ための誓紙を書かせることに成功する。
武田家の頭脳派ふたり・勘助VS小山田は、勘助の策が用いられたから、勘助の勝ちのように見える。
しかし、義元は「勘助に説得されたのでない。雪斎がよくやったのだ」と言う。この時になって、勘助は、雪斎に踊らされていたことを知る。
雪斎の思惑通りにことが運んだことに、義元は気づいていた!それから、晴信も!
今回の軍師対決は、雪斎の勝ち。
それと、両お屋形様、頭いい♪

2 勘助の放浪が役に立つ
勘助が武田家に仕える前、今川義元や北条氏康に会い、仕官を願い出、断られた経緯がある。
義元や氏康と面識があったのは、勘助の強み。
今川と北条に、和議を結ばせることができた。
でも、雅な義元にはやっぱり嫌われてた。ねちねちと嫌味を言われているし。
偉くなった義元は、寿桂尼様と距離をおいているらしい。
久しぶりに寿桂尼様が登場したのに、わずか数分だったのが悲しい。

3 相変わらずの雪斎
雪斎は、なぜ、あんなにおどろおどろしいのか。
暗い部屋で、怖い笑みを浮かべて、人と話し合う。
雪斎が策を練ったり、話し合ったりする時は昼間でも、暗くなるのかも知れない。

4 人格者・氏康
勘助への対応が、義元とは全然違う!
義元も氏康も、勘助を召し抱えなかったのだけど、義元は、勘助への偏見や嫌悪が、見る目を曇らせている感じ。
氏康は、勘助を召し抱えなかったことにより、今になって、国の危機を脱したわけだ。

5 ふつうにしゃべる由布姫
今までつんつんして、たかぶったしゃべり方だった由布姫。フツーにしゃべることもできるんだvと、妙に感心してしまった。
由布姫、すっかり落ち着いてた。

6 やっぱり板垣!
板垣はよい!
かっこいいぞー。

次回は河越夜戦だ!
2007-06-03(Sun)
 
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