「飢餓と戦争の戦国を行く」/藤木久志/朝日選書
本書「飢餓と戦争の戦国を行く」は、藤木さんの「戦国の村を行く」「雑兵たちの戦場」とならぶ一冊です。
戦国時代は、毎年のように飢饉と災害が発生し、疫病が流行し、戦場に於いては乱妨狼藉がまかり通り、生きのびることが非常に困難だったことが本書から読み取れました。
戦場となった村や、応仁の乱前夜の京で横行していた略奪は、厳しい飢えにさらされ、室町幕府の悪政に苦しめられた人々が生きのびるため方策であったそうです。
一方、乱妨狼藉にさらされる立場の村人たちは、敵の兵士や乱妨人等から身を守るために「村の城」を築く等して戦っていたそうです。
また、民衆は、無理な徴兵や年貢の取り立てを強いる大名や領主と渡り合い、徳政や年貢の軽減を勝ち取ったり、村を捨てて逃散することで抵抗したりしたそうです。
「専制君主的な戦国大名、虐げられた百姓」というステレオタイプの認識は間違っていたことに気づかされます。
戦争で死ぬか、飢えや疫病で死ぬか、捕虜となって死ぬか、兵士にしろ百姓にしろ、死と隣り合わせだったこの時代、藤木さんは、必死で生きのびた人々のしたたかさに温かい視線を注いでいます。
- 2006/09/25(月) 22:29:12|
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最近テレビを見ないです。
でも、テレビはついています。
テレビはついているけど、他のことをしているから、見てないということです。
N○Kがつけっぱなしになっている状態です。
民放で見ている番組というと「世界ふ○ぎ発見」くらい。
(あ、時代劇も見ますね。たま〜に。)
たま〜〜に民放の他の番組を見ると、目が回りそうになります。(◎д◎;)
あのテンポの速さ、画面のにぎやかさ、音のうるささ、CMなんかサビしかない歌だし。
テレビにすらついていけない前時代人間です。
で、N○Kニュースなんか見ていると、なごむのです。
- 2006/09/25(月) 00:23:56|
- 日常|
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八犬伝の世界/高田衛/ちくま学芸文庫:読了
馬琴さんの「南総里見八犬伝」を読んでいて疑問に思ったことが、本書ですっきり解決しました。
疑問1 なぜ八犬士に女装剣士がふたりいるのか。これはMORIの最大の謎でした(笑)。
八犬士は、八大童子になぞらえて創られたそうです。八大童子には女性がふたりいるので、犬士にもふたりの女性が必要だったらしいです。しかし、馬琴さんにとって
犬士=男という設定は譲れないらしく、やむなく女装剣士の登場になったということです。牡丹のあざは犬士の証ですが、牡丹は男木しかないことからも、
犬士=男は必須ということが推測ですますね。
疑問2 なぜ「南総里見八犬伝」はパクリが多いのか。「南総里見八犬伝」が、水滸伝・三国志演義・封神演義の影響を強く受けていることは、一読すれば気づくことです。
中国小説のパクリじゃん┐(´-`)┌とか、江戸時代って、著作権とか知的所有権なんてなかったしな〜〜と思いがちですが(だれが?)、違うみたいです。
現代の作家も、創作の際に、丹念に取材をしたり、文献を読み込んだりします。馬琴さんにとって、水滸伝・三国志演義・封神演義等は、創作の典拠だったらしいです。パクリではなくて、取材みたいなものでしょうか?博学な馬琴さんは、中国・日本の名著、仏教、儒教などを典拠とし、設定やエピソードのひとつひとつに意味を持たせたそうです。
疑問3 なぜ毛野は血塗られた道を行き、親兵衛は不殺なのか。犬坂毛野のイメージ=美少年・女装剣士・変装得意・クールな一匹狼プラス
情け容赦ない殺戮者親兵衛のイメージ=美少年・最年少・成長早すぎ・犬士の優等生プラス
殺生をしないふたりが同じ年少組、美少年でありながら、殺人という一面のみを見ると、正反対です。
親兵衛はなぜ殺さないのか。あまつさえ、死んだ人を生き返らせてるし。
要するに、毛野が親兵衛の分まで殺しまくったらしいです。 06.9.18
この記事をもうちょっとで書き終えるというところで、ぜ〜〜んぶ消えてしまいました(ノД`)
ショック。
新たに書き直しました(がっくし)。
- 2006/09/18(月) 23:02:54|
- 評論・研究|
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本日の夕食時間が遅くて、空腹を我慢しているうちに食欲がなくなっていました。
でも、サンマを食べました。1匹は刺身で、もう1匹は焼き魚で。新鮮で、脂がのって、身がプリプリしまっていて、おいしかったです。
食欲なかったわりに2匹も!!
ちょうどいい具合に、頂き物のもぎたてスダチがありました。
で、本日の夕食は、サンマの刺身、焼きサンマ、ビール、梨まるごと一個。
栄養バランス悪いね〜。変なメニューだ。
- 2006/09/11(月) 23:34:40|
- くらし・食|
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「国盗り物語」1〜4/司馬遼太郎/新潮社
全4巻読了しました。
1,2巻は斎藤道三篇、3,4巻は織田信長篇です。
道三篇と信長篇では、作品から受ける印象が全く違いました。
道三篇は、活気に満ちて明るい感じ。道三が、明るくエネルギッシュな人物として描かれているからかもしれません。また、道三を取り巻く女性たちが、物語に華を添えています。(しかし、女性たちの扱われようには、辛いものがありましたが;)
信長篇は峻烈な感じ。主人公は信長ですが、彼は言葉が足りない(自分の信条や行動について説明をしない)人物であるため、光秀の視点で物語が進行していきます。司馬氏の光秀像は、温厚で篤実、伝統を尊ぶ常識人、真面目で小心で陰気であるため、物語のトーンが暗めです。
こんな光秀だったら、そりゃあもう、とことん信長と性格が合わなかったことでしょう。
信長篇に登場する主な女性は濃姫と光秀の妻のお槙くらいで、それもわずかなページ数です。女性があまり登場しないことと、比叡山焼き討ちのような虐殺場面があることも、道三篇のような華やかさが感じられない理由なのかも。
「国盗り物語」は、昭和30年代に「サンデー毎日」に連載されました。
物語中、道三は油屋から美濃の国主になったと設定されています。しかし、油屋だったのは道三の父であり、父子二代にわたる国盗りが史実だそうです。
信長篇に書かれている墨俣の一夜城、長篠の戦いでの三千挺の鉄砲の一斉射撃についても、疑問視する説が多いです。
司馬氏は執筆される際に、膨大な文献にあたり、取材をされる方です。しかし、年月がたつうちに、歴史上の新発見があったり、新解釈が出てきたりするもんだ〜と思いました。
- 2006/09/09(土) 22:06:54|
- 文学|
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