ファンタジーと言葉/訳:青木由希子/岩波書店本書は、ル=グウィンさんの講演、スピーチ、パフォーマンスの再録とエッセイ集である。
ル=グウィンさんの作品を育んだ土壌とでもいうべき、人類学者と作家を両親に持ち、ネイティブ・アメリカンとともに過ごしたという生い立ち、膨大な読書量、言葉や創作に対する考えと態度、ジェンダー論、信条、感性などが、しばしば断定的に語られる。(訳が?それとも原文が?)
エッセイで読むと直裁的。
やはりストーリー・テーリングの方が、ぴったりくると思う。
- 2007/07/06(金) 23:55:44|
- 評論・研究|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
「中国武侠小説への道〜漂泊のヒーロー」/岡崎由美/大修館書店ある日、知人と話をしていて、読書の話題になった。その人が「聊斎志異は面白かった」と言った。MORIもちょうど聊斎志異を読了したところだったので、びっくりした。
「中国古典のなかでも、三国志や水滸伝、西遊記を読む人は多そうだけど、聊斎志異を読む人って、日本の中でも、あまりいないよなー。読書人として、ドマイナーだなー」と思っていたからだ。
あたりまえだけど、マイナーな中国古典はたくさんある。(聊斎志異も、本当はマイナーなんかじゃないかも)。
「中国武侠小説への道〜漂泊のヒーロー」は、金庸ファンとして買ったが、読んでいるうちに、エンターティメントを含む中国古典文学の厚みを感じさせられた。
金庸をはじめとする武侠小説が書かれるまでに、それが育ってきた土壌として、膨大な大衆小説があったわけだ。
なかには、現代のライトノベルか、マンガやアニメの原作にでもなりそうな物語が紹介されていて、唐の時代にこんなエンターティメントがあったんだ!と、ちょっと目からウロコ(変な日本語)。
「聶隠娘」といって、少女刺客の物語。
聶隠娘は、十歳の時、度の尼僧に連れ去られて、五年間、刺客になるべく特訓を受ける。そして、空を飛んで鷹を百発百中で仕留められるようになる。
実家に帰った聶隠娘は、尼僧の指令で、夜な夜な悪人を暗殺するようになる。
ある日、尼僧の敵を暗殺に行った聶隠娘は、その敵に心服し、仕えることになる。尼僧は怒り、聶隠娘に刺客を送りこむ。
という話。
金鳥工房さんの
「唐代伝記」にくわしい。
- 2007/06/28(木) 00:26:19|
- 評論・研究|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
八犬伝の世界/高田衛/ちくま学芸文庫:読了
馬琴さんの「南総里見八犬伝」を読んでいて疑問に思ったことが、本書ですっきり解決しました。
疑問1 なぜ八犬士に女装剣士がふたりいるのか。これはMORIの最大の謎でした(笑)。
八犬士は、八大童子になぞらえて創られたそうです。八大童子には女性がふたりいるので、犬士にもふたりの女性が必要だったらしいです。しかし、馬琴さんにとって
犬士=男という設定は譲れないらしく、やむなく女装剣士の登場になったということです。牡丹のあざは犬士の証ですが、牡丹は男木しかないことからも、
犬士=男は必須ということが推測ですますね。
疑問2 なぜ「南総里見八犬伝」はパクリが多いのか。「南総里見八犬伝」が、水滸伝・三国志演義・封神演義の影響を強く受けていることは、一読すれば気づくことです。
中国小説のパクリじゃん┐(´-`)┌とか、江戸時代って、著作権とか知的所有権なんてなかったしな〜〜と思いがちですが(だれが?)、違うみたいです。
現代の作家も、創作の際に、丹念に取材をしたり、文献を読み込んだりします。馬琴さんにとって、水滸伝・三国志演義・封神演義等は、創作の典拠だったらしいです。パクリではなくて、取材みたいなものでしょうか?博学な馬琴さんは、中国・日本の名著、仏教、儒教などを典拠とし、設定やエピソードのひとつひとつに意味を持たせたそうです。
疑問3 なぜ毛野は血塗られた道を行き、親兵衛は不殺なのか。犬坂毛野のイメージ=美少年・女装剣士・変装得意・クールな一匹狼プラス
情け容赦ない殺戮者親兵衛のイメージ=美少年・最年少・成長早すぎ・犬士の優等生プラス
殺生をしないふたりが同じ年少組、美少年でありながら、殺人という一面のみを見ると、正反対です。
親兵衛はなぜ殺さないのか。あまつさえ、死んだ人を生き返らせてるし。
要するに、毛野が親兵衛の分まで殺しまくったらしいです。 06.9.18
この記事をもうちょっとで書き終えるというところで、ぜ〜〜んぶ消えてしまいました(ノД`)
ショック。
新たに書き直しました(がっくし)。
- 2006/09/18(月) 23:02:54|
- 評論・研究|
-
トラックバック(-)|
-
コメント(-)
刀と真剣勝負〜日本刀の虚実/渡辺誠/ベスト新書
06.4.15読了
調べたいことがあって、本書を読ました。
日本刀の入門書にふさわしい一冊でした。
日本刀の各部分の名称、製作の流れ、名刀と剣豪伝、手入れの方法等、盛りだくさんな内容です。
美術品としての価値も高く、武士の魂とも言われた日本刀ですが、武器であることは確かです。
「試し斬り」について書かれた章は、武器としての日本刀の血なまぐささが感じられました。
日本刀を使った防具なしの戦いでは、双方死と隣り合わせだったことでしょう(盾もないし)。だから、日本刀をあつかう技術のみならず、精神性も付加されてきたのかもしれません。
新たな疑問もいくつかあります。
そのうちの一つ
江戸時代、無闇に刀を抜くものではないとされていた藩や流派もあったようですが、実際はどうだったのでしょう?
- 2006/04/18(火) 21:20:16|
- 評論・研究|
-
トラックバック(-)|
-
コメント:0